大きな戦争、小さな戦争


ロシアによるウクライナ侵攻。

その背景には、まだ明らかにされていない“理由”や“真実”が隠されていると思いますが


これが本当に21世紀のできごとなのか


日々、現実ではないような気持ちにもなりながら

ニュースで流れる映像を見ています。


もし、文明の進んだ星の人々が地球人を観察していたとしたら

“いまだに地球は野蛮だね”

“今までの大戦で何も学んでないのかな”

と、不思議に思っているのではないかという気がします。



先日、侵攻されたウクライナやその隣国に住む人々のインタビュー映像を見ました。

「自分たちの国を守るためには戦うしかない」という男性。

「侵略をゆるしてはいけない。がんばって戦って勝ってほしい」という隣国の女性。

「せんしゃでたたかうの」と壁に戦車の絵を描く女の子。



自分たちが平和に暮らしていたコミュニティを脅かされたら

攻撃してきた相手と同じような武器を持ち、戦うことになる。

そして、互いに傷つけ合い、殺し合い、憎しみが増幅していく。


こうやって、戦禍が広がっていくのだという恐怖

そして、明日にでも核戦争が現実のものになりうるという恐怖を感じました。



これまでの地球で起こった戦争についても、虐殺行為についても

私たちは、歴史としては学んできたけれど

実際にその残酷さを経験していない世代にとっては、恐怖心はそれほど強く想起されません。


核兵器も、実際に被害を受けてみなければ

それがどれだけ最悪なものなのか、絶対に使用してはならないという真の意味が

わからないのかもしれません。


被爆した日本でも

自分や周囲が実際に被害を受けた世代と、戦争を知らない世代では

核への恐怖や嫌悪感はまったく違います。


『核爆弾を落とされていなかったら、今頃、日本は核兵器の製造大国になっていただろう』

とも思います。



確かに、イメージには限界があります。

ジョン・レノンが歌う『imajine』のように

誰もが幸せに生きられる世界を想像し、創造できるようになるには

人も社会も、まだまだ未熟です。


『成熟するためには、経験を通して痛みを知らなければならない』というのは

悲しいけれど、仕方のないことなのかもしれません。


侵略戦争という愛のない行為が起こっている今だからこそ

周囲は、ただの傍観者となるのではなく

そこから学ぶことも多いのだと思います。


人の苦しみを自分の苦しみのように感じられること

ひとりひとりの違いを受容すること

人が幸せに生きることは、お金や権力や地位や支配力ではないこと


そういうことをよく知っている人たちが国のトップに立てる社会になるように

ひとりひとりが学んでいくことも大事なのだとも考えさせられます。



今回のような【大きな戦争】は

“悪いもの”と誰にでもわかりやすく非難もしやすいものです。


でも、平和な日本に住む私のまわりにも

【小さな戦争】があふれているように感じます。


家族でも、友人どうしでも、職場の人間関係でも

「あいつはおかしい」

「私の判断が正しい」

「私のやり方に従うべきだ」

「相手が変わるべきだ」

と思い込んでいたり


「あの人たちは自分を排除しようとしている」

「あいつさえいなければ…」

と相手の悪口を言ったり、責めたてたり、おとしめたり

裏で手をひいて相手の居場所をなくしたり。



プーチンさんを思いきり非難している人を一歩引いて客観的に眺めていると


普段の生活の中で

その人自身の意識が

『自分の考えこそが正しい』となっている人が多いような気がします。

正しさと正しさのぶつかり合いでも、戦いは起こります。


もちろん、その人たちは

独裁者でもなければ、意図的に侵略しようとしているわけでもないのですが

日常生活で、愛のない行為や言動を、それとは知らずに繰り広げている人がたくさんいます。


「こうゆう小さいプーチンさんが、小さい戦争をたくさん引き起こしているんだな」

と感じることが多くあります。


【大きな戦争】も、【小さな戦争】も

その本質は『愛のない行為』であることには変わりありません。



愛のない人が、大きな権力を握ると

戦争、差別、侵略、不当な支配や搾取など、表面的にもわかりやすい多くの不幸を生み出します。


特に大きな権力を握っていなくても

自分の生活に深くかかわりを持つ人が愛を学ばないような人であるなら

いつの間にか、精神的に踏み込まれ支配され、こころをむしばまれているということはよくあることです。


自分の平和を守るために

慎重に、関係性や距離をはかっていかなければならないこともあります。



天災も、人災も、起こることにはすべて意味があると捉えていますが


起こったことをただ非難するだけでなく


『頭のおかしい人が起こしたおかしい戦争』という捉え方だけでなく


本質を学ばなければ、苦しみは繰り返されます。


問題を起こした独裁者を暗殺しても

新しい独裁者が現れるだけです。



自分を愛し、人を愛し、世界を愛する人が増えますように。


小さなコミュニティ、大きなコミュニティにかかわらず

平和を望むなら、愛を学ぶこと。

非難で終わるのではなく、自分を、省みてみること。


そこがスタートで、そこを通過するしかないような気がしています。




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