愛とはなにか…『モアナと伝説の海』から③


やはりこのテーマは奥深く、私もここまで書かせてもらうのに

こんなに長い時間を要するとは思いませんでしたが


自分の中で理解や納得していることと

誰かに伝えるということとの狭間で学ぶことも多く

改めて宇宙の最善の采配に感謝しながら

③最善を尽くす についてお話しさせていただこうと思います。



『モアナと伝説の海』のシーンの中で、“最善を尽くす”について最もわかりやすく描かれているのが

“モアナと海との出会いのシーン”だと感じます。


生まれたての子亀が海に向かおうとする場面にモアナが出くわしますが、天敵の鳥が飛び交い、海まで無事にたどり着けそうにありません。


まだ幼いモアナがその様子を見て、とった行動は

“子亀が海まで安全にたどりつけるように、歩いている子亀を葉っぱで隠す”でした。


モアナは子亀を食べようとする鳥を追い払うことはしますが、子亀を持ち上げて海まで連れていくことはしませんでした。


子亀が海まで、自分の足でたどり着くこと

(たとえそれが命を落とすという危険をはらんでいても)

それが、亀が亀として生きることの一側面だと“ありのまま認め”

危険だとしてもその経験を重視して“尊厳を重んじ”

相手と自分との領域の一線を守りながら

モアナはモアナとしてできる最大限のサポートをしました。


私が同じような状況で子亀に出会っていたら、たぶん、さっと子亀を抱き上げて、海へと連れて行ったのではないでしょうか。

それは“危険”や“正義感”にばかりに目が向いて、“起こりうる危険と比較したら自分の行いの方が正しい”という観念の結果のように思います。


モアナがとった行動は一見、子どもらしく稚拙で滑稽な行動にさえ映るかもしれません。

合理主義者から見たら、“亀を生かすという目的を達成するためには不合理な行動”にさえなり得ます。


しかし、合理的な思考のみではなく

“愛”が何か

その本質を求め続ける者からは


モアナの選択が“愛”そのものだと感じられます。


それは誰かから見た“正解”や“不正解”ではありません。

人の狭い価値観で見た“勝ち”や“負け”ではありません。


“愛”なのか“愛ではないもの”なのか


海は、そんなモアナを見て、愛の本質を理解し得る者だと感じて

『テフィティのこころ』をモアナに託したのだと感じました。



①ありのまま認めること ②尊厳を重んじること それぞれにも言えることですが

“最善を尽くす”ということは、人が人である限り、悩み続け挑み続けなければ

その本質に近づいていくことができないのだと思います。


その時、最善と感じたものが実は違っていたのではないかと後で感じたり

一見最善ではなさそうな行いが、俯瞰して見たら最善だったのかもしれないと感じたり


何もしないことが最善の場合もありますし

そもそも“最善”なのかどうか思考し判断する時間的・精神的な余裕がないことも多くあります。



それでもどうにか、その時、自分が感じる“最善”を絞り出す(私にとっては、最善は絞り出すものというような感覚があります)。


それをするのか、しないのか

あきらめているのか、あきらめていないのか

自分はできていると思うのか、謙虚に上を目指そうとするのか

自分がどう見られるかとか、社会的な地位、損得のかけひきなしに

自分自身へも他者へも、愛に基づいて誠実かどうか


愛について語ることは、高尚なことではなく、日常と地続きです。



誰しもきっと、幸せになりたくて生きています。


自分にとっての最良の状態を求め

周囲からも、自分が自分であることを認められることを求め

支配されず、侵害されず、搾取されず、自由な選択が可能なことを望みます。

その状態とはすなわち、“愛のある状態”だろうと思います。


ひとりひとりが“愛のある状態”に身を置くためには

自分や誰かのエゴが強すぎる状態であってはならず

それぞれの要求を提示し合いながら、落としどころを見つけていく作業も必要になります。

それもまた、“最善を尽くす”のに欠かせないものです。



人は、はばかりなく幸福を求めるのに

愛を探求することに無頓着なのは本当に不思議です。


もしかしたら、愛を探求し始めたら

日々が学びと修行になってしまうのを人は本能的に知っていて、恐れているからかもしれません。

しかし、ただ闇雲に出口を探して悩み苦しむより、ひとつの本質を知ろうとする方が私にとってはラクでした。


結局は死ぬまでが愛を学ぶ修行だから、と

快楽の追求のためだけに生きている(生かされている)わけではないから、と


割り切ってからの方が

生きるのがラクになり、毎日を楽しんで幸せに過ごせるようになりました。



愛と幸福

そこがとても密接不可分にかかわっていることを知っているだけで

幸せになる道に歩み出しやすいように感じます。


もし人が、幸せになることを求め生きるのなら

きっとそれは、愛を学び、実践し続けることでもあるはずです。




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