ぬくもり


先日、これまで長い間お世話になった先生が亡くなりました。

そしてしばらく、人が地球上で『物質』として生きている意味について、なんだかぼんやりと考えたりしていました。

人は生きていれば、ぬくもりを持っています。

また、無意識に、“ぬくもりを求める”生きものでもあります。


私のホームページを見てくれた幼馴染みの友人が、「会ったらハグさせて!」という温かいメッセージを送ってくれました。


「そんな風に言ってくれる友人がいるなんてありがたいなぁ」と感じている時


“私は親に抱きしめられたことがない”ということに、ふと気づいてしまったのです。

その事実に、今まで、約40年も気づいていなかったんだということに、本当に本当に驚きました。


子どもを抱きしめるという文化、子どもにキスをするという文化の中に自分が育っていなかったから、自分から求めることをしなかったのか。

いつからか、求めることを諦めてしまったのか。

そもそも最初から期待すらしていなかったのか。


その心地よさや幸福感を知らなければ知らないで、求めることも期待することもなく生きてはいけます。

でも、私は娘を抱きしめ続けようと思います。


皮膚とこころ(無意識)の関係はとても不思議なもので

脳(意識)ではまだまだ大丈夫!と平気なつもりでも、こころの疲労や不安が皮膚疾患として現れたり、恐怖や感動が鳥肌として現れたりします。


太宰治の短編小説で、『皮膚と心』という作品があります。

太宰作品の中で私はこれが一番好きなのですが、心身症の側面が如実に表現されているのと、主人公の夫がとても素敵で、ふたりの関係があたたかく、癒されます。


話が逸れてしまいましたが

皮膚とこころはとても近い関係にあるので、裏を返せば、プラスの効果を皮膚からこころに向けて伝えることもできます。


ぬくもりを皮膚が感じると、情報伝達物質が“自分は大切な存在だ”ということを潜在意識・無意識領域に伝えます。


そして、その感覚はこころに響きます。

特に子どもが幼ければ幼いほど、言葉を駆使して脳に伝えていくよりも、こころに感覚として残していくことが重要だと思います。


私はずっと、肉体を忌み嫌う傾向がありましたが

今では、精神も肉体も、別々のものがひとつになって与えられた命を生き抜こうとしているのだと感じています。


だからこそ、どちらも疎かにせず、どちらかが暴走したり機能停止などのエラーを起こさないように、互いにバランスをとっていくのがとても大切だと思っています。


そんなことをあれこれ考えていたら、小学生の時に見た映画『フック』を急に思い出して、30年ぶりに鑑賞しました。


ピーターパンは、自由や冒険や刺激に満たされること以上に

家族のぬくもりに価値を見出し、求めていたのかもしれないですね。

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